鯖街道を歩く 第6回 最終回 鵜の瀬からいづみ町商店街 神宮寺仁王門(鎌倉時代 重要文化財) 暑くても秋の気配 2016年3月から始まった鯖街道針畑越え・根来坂峠(全6回) 歩きも 今回が最終回。 気温30度を越す猛暑の中、こまめな水分補給と小休憩をとりながら全員無事に 鯖街道起点のいづみ町商店街にゴールした。 スタートから3時間強 いやあ 暑かったなあ。 2016年8月25日(木) 天気 晴れ 行程 京都駅 〜 鵜の瀬公園資料館 … 神宮寺 … 若狭彦神社 7:45 10:05(10:15) 10:50(11:10) 11:40(11:45) … 若狭姫神社 … 小浜駅 … いづみ町商店街 〜 12:05(12:10) 13:15(13:25) 13:30(13:40) 若狭フィッシャーマンズワーフ 〜 京都駅 13:50(15:00) 17:30 〜 バス … 徒歩 鵜の瀬公園資料館10時5分到着。資料館横の良弁和尚生誕の地 石碑 その右は 白石神社。 10時15分スタート。 お水送りの神事が行われる場所へ。夏休みの子どもたちが水遊びに来ている。 遠敷川(おにゅうがわ)の澄んだ流れ このあたりから「御香水」が注ぎ込まれる 涼しい川原から離れて一般道へ 前回でも触れたが、奈良東大寺のお水取りの神事(3月12日)に先駆けて、 若狭神宮寺のお水送りの神事が、ここ鵜の瀬と神宮寺、下根来八幡宮(手向山八幡宮)で 3月2日に行われる。 お水送りの一連の行事 以上 若狭おばま観光案内所 小浜市商工観光課発行 水清き国・若狭おばま 〜 奈良東大寺二月堂若狭井へ お水送り パンフレットよりいただきました。 鵜の瀬から一般道を35分程歩いて神宮寺へ 神宮寺仁王門 鎌倉時代 重要文化財 仁王門に安置されている、木造金剛力士像。 石垣の参道 神宮寺本堂 室町時代 重要文化財 霊応山神宮寺。天台宗。若狭一の宮の神願寺として建立される。 縁起によれば元正天皇の勅命により、和銅7(714)年に泰澄大師の弟子沙門滑元が 創建したといわれている。 鎌倉初期、若狭彦神社別当寺神宮寺と改名、七堂伽藍二十五坊を誇ったが、 豊臣時代に寺領を没収され、さらに明治初期の廃仏毀釈により衰微した。 本堂は、室町時代末期、天文22(1553)年に越前守護朝倉義景が再建した。 毎年3月2日、奈良東大寺二月堂に香水を送る お水送り 神事を行っている。 以上青字部分 小浜市ホームページを参考にさせていただきました。 茶室 護摩壇と中央の大きな木は天然記念物のスダジイ(樹齢推定500年) 右奥の建物は閼伽井屋 天然記念物 スダジイの木 清水が湧き出ている閼伽井(あかい) ※ 閼伽(あか)とは仏教において、仏前に供養される水のこと。閼伽を汲むための 井戸を閼伽井、その上屋を閼伽井屋と呼ぶ。 神宮寺から途中森林の水PR館に立ち寄り、11時40分に若狭彦神社に着。 スタートから1時間25分。 若狭彦神社 祭神は彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと・山幸彦)。 本殿は文化10(1813)年造営の三間社流造桧皮葺。 若狭彦神社から20分、12時5分に若狭姫神社到着。 巨大な杉が聳える若狭姫神社 祭神は豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト・乙姫)、 本殿は享和2(1802)年造営の流造桧皮葺。 子種石 女性と男性のシンボルが鎮座している。 子種石の右隣、乳神様 大銀杏の乳根が お乳を連想させる。 古語で母のことを垂乳根(たらちね)というのは、 このような姿に由来する と看板に書かれていた 12時10分若狭姫神社出発。30度を越す炎天下の舗装路を黙々と歩く。 少しでも影があると、ガイドさんが水分補給と小休憩をとってくださった。 13時15分 小浜駅到着。観光案内所の椅子にへたり込んだ。 駅前商店街を歩いて 5分でいづみ町商店街へ(鯖街道起点) 13時30分(スタートから3時間15分)、いづみ町商店街の鯖街道起点プレートへ到着。 私たちの6回(月/1回)に亘る鯖街道ウオークがここに完結。 今回のウオークが最も過酷だった(暑さで)。 いづみ町商店街 これより海岸の若狭フィッシャーマンズワーフへ。遅い昼食をとりながら、 記念品(バンダナ)と完歩証を頂く。 お買物をして、15時に帰路につく。 完歩証 スタンプ張 まだ桜(ソメイヨシノ)が開花していない、肌寒い3月にスタート。雨に降られたり、 ヤマヒル騒動があったり、山野草の美しさに感動したり、炎暑に喘いだりの 6回に亘るウオーキングでした。 添乗員さん、ガイドさんは毎回親切で、安全に配慮していただきました。 参加者も顔見知りが増え仲良くなって旅の楽しさが増しました。 人との出会いは一期一会といいますが、またどこかでお会いでき、 鯖街道歩きの思い出を語り合えたらどんなに楽しいでしょう。 鯖街道へ 戻る ウオーキングへ 戻る |